「うちは50人もいないから、衛生管理者は関係ない」
そう思っている方は多いと思います。実際、衛生管理者の選任義務は常時50人以上の事業場だけです。
ただ、10人を超えた時点で、別の義務が発生しています。衛生推進者、または安全衛生推進者の選任です。
この制度、あまり知られていません。理由のひとつは、試験がないからだと思います。資格試験がなければ講座も教材も売れないので、解説記事を書く人が少ない。結果として情報が出回りにくくなっています。
そしてもうひとつ、調べていて気づいたことがあります。業種の分け方が、衛生管理者のときとは違います。同じ会社なのに、人数が50人を超えた瞬間に必要な資格が入れ替わる、ということが起こりえます。
この記事では、法令と厚生労働省の公表情報をもとに、次のことを整理しました。
- 10人を超えたら何が必要になるのか
- 衛生推進者と安全衛生推進者、どちらを選ぶのか
- 2つの業種リストが違うこと、そこで起きる逆転
- 衛生管理者との違い(試験、届出、巡視義務)
- 50人を超えたときに何が切り替わるか
この記事は2026年8月時点の法令と、厚生労働省・都道府県労働局の公表資料をもとに書いています。法令は改正されることがあります。個別の事業場で何を選任すべきかの判断は、所轄の労働基準監督署または社会保険労務士等の専門家にご確認ください。
10人を超えたら、もう義務が始まっている
まず全体像から。事業場の人数によって、置くべき人が変わります。
| 事業場の人数 | 選任すべき人 |
|---|---|
| 10人未満 | 選任義務なし(事業者が自ら管理) |
| 10人以上50人未満 | 安全衛生推進者 または 衛生推進者 |
| 50人以上 | 衛生管理者、産業医など(業種により安全管理者も) |
根拠は労働安全衛生法第12条の2です。中小規模の事業場でも安全衛生の水準を保つために設けられた制度で、安全管理者や衛生管理者を置かなくてよい規模の事業場が対象になります。
人数の数え方は衛生管理者のときと同じです。会社全体ではなく事業場ごとに数えます。パートやアルバイトも人数に入ります。
つまり、社員15人の小さな営業所でも、この制度の対象になっているわけです。
どちらを選ぶかは業種で決まる
名前が似ている2つですが、違いは担当する範囲です。
| 担当する範囲 | 対象の業種 | |
|---|---|---|
| 安全衛生推進者 | 安全と衛生の両方 | 安全管理者の選任対象になる業種 |
| 衛生推進者 | 衛生のみ | それ以外の業種 |
厚生労働省の説明では、安全管理者の選任対象外の業種では、安全衛生推進者に代わって衛生推進者を選任し、衛生に関わる業務を担当させるとされています。
では、安全管理者の対象になる業種とは何か。労働安全衛生法施行令で決まっていて、次の20業種です。
| 安全衛生推進者が必要な業種(20業種) |
|---|
| 林業、鉱業、建設業、運送業、清掃業 |
| 製造業(物の加工業を含む)、電気業、ガス業、熱供給業、水道業 |
| 通信業、各種商品卸売業、家具・建具・じゅう器等卸売業 |
| 各種商品小売業、家具・建具・じゅう器小売業、燃料小売業 |
| 旅館業、ゴルフ場業、自動車整備業、機械修理業 |
ここに載っていない業種、たとえば金融業、保険業、不動産業、飲食業、医療業、教育などは、衛生推進者を選任することになります。
ここが混乱のもと。業種リストは2つある
さて、ここからが本題です。
衛生管理者について調べたことがある方は、「第一種が必要な13業種」というリストをご存じかもしれません。当サイトでも第一種と第二種の違いの記事で扱いました。
ところが、その13業種と、いま見た20業種は別のリストです。根拠になっている条文が違うので、中身も違います。
重なっている業種も多いのですが、ずれている部分があります。そしてそのずれが、実務では混乱のもとになります。
医療業の場合
医療業は、安全衛生推進者の20業種には入っていません。だから30人のクリニックなら、衛生推進者を選任することになります。安全は担当範囲に入りません。
ところが、医療業は第一種衛生管理者が必要な13業種には入っています。つまり50人を超えると、第二種では選任できず、第一種の資格者が必要になります。
50人未満のときは「安全は対象外」という扱いだったのに、50人を超えた途端に「有害業務に関わりのある業種」として第一種を求められる。条文の建て付けが違うので、こういうことが起きます。
旅館業の場合
今度は逆のパターンです。
旅館業は安全衛生推進者の20業種に入っています。だから40人の旅館なら、安全と衛生の両方を担当する安全衛生推進者が必要です。
しかし、旅館業は第一種衛生管理者の13業種には入っていません。50人を超えた場合、安全管理者は必要になりますが、衛生管理者は第二種でも構いません。
同じように、通信業、各種商品卸売業、各種商品小売業、燃料小売業、ゴルフ場業なども、安全衛生推進者の対象でありながら第二種で足ります。
結論として、どう確認すればいいか
「うちは危険な業種だから第一種」「事務職中心だから第二種」といった感覚での判断は、うまくいきません。
人数の段階ごとに、それぞれのリストで確認する必要があります。
- 10人以上50人未満なら、安全管理者の20業種に入るかを見る
- 50人以上なら、第一種衛生管理者の13業種に入るかを見る
- 2つの答えは一致しないことがある
判断に迷う場合は、所轄の労働基準監督署に確認するのが確実です。
推進者になるのに試験はいらない
ここは衛生管理者との大きな違いです。推進者には資格試験がありません。
労働安全衛生規則で、都道府県労働局長の登録を受けた者が行う講習を修了した者、その他必要な能力があると認められる者から選任することになっています。
具体的には、次のいずれかに当てはまる人です。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 講習 | 都道府県労働局長の登録を受けた機関の養成講習を修了 |
| 学歴+実務 | 大学または高等専門学校を卒業後、1年以上の安全衛生の実務経験 |
| 学歴+実務 | 高等学校または中等教育学校を卒業後、3年以上の安全衛生の実務経験 |
| 実務のみ | 5年以上の安全衛生の実務経験 |
| 資格 | 労働安全コンサルタント、労働衛生コンサルタントなど |
実務経験の年数の考え方は、衛生管理者の受験資格と似ています。学歴が高いほど必要な年数が短くなる形です。
実務経験がない場合でも、養成講習を受ければ選任できます。1日から2日程度の講習が各地で開かれています。
なお、推進者も原則としてその事業場に専属の者から選びます。
推進者は何を担当するのか
選任されたら何をするのか、という話です。
厚生労働省の説明によると、担当する職務は次のような内容です。
- 労働者の危険または健康障害を防止するための措置に関すること
- 労働者の安全または衛生のための教育の実施に関すること
- 健康診断の実施その他、健康の保持増進のための措置に関すること
- 労働災害の原因の調査と再発防止対策に関すること
衛生推進者の場合は、このうち衛生に関わる業務だけが対象になります。安全衛生推進者なら、安全に関わる部分も担当します。
並べてみると、衛生管理者の職務とよく似ています。実際、中身は重なっています。
違うのは立場のほうです。衛生管理者はこれらの技術的な事項を「管理する」立場ですが、推進者は権限と責任を持つ人の指揮を受けて業務を「担当する」立場とされています。
実務としては、健康診断の手配、職場の衛生面の確認、安全衛生に関する教育の実施、事故が起きたときの原因調査といったあたりが中心になります。小規模な事業場では、総務の担当者が本来の業務と兼ねて担うことが多いと思います。
衛生管理者との違いを並べて見る
ここまでの内容を、衛生管理者と並べて整理します。
| 衛生管理者 | 衛生推進者・安全衛生推進者 | |
|---|---|---|
| 対象の規模 | 常時50人以上 | 常時10人以上50人未満 |
| 資格 | 免許試験に合格し免許証の交付が必要 | 試験なし。講習修了または実務経験 |
| 立場 | 技術的事項を管理する | 権限と責任を有する者の指揮を受けて業務を担当する |
| 職場巡視 | 週1回以上の義務あり | 義務なし |
| 労基署への届出 | 必要(様式第3号) | 不要 |
| 周知 | — | 氏名を作業場の見やすい箇所に掲示など |
| 選任期限 | 事由発生から14日以内 | 事由発生から14日以内 |
大きな違いは3つあります。
ひとつは立場です。衛生管理者は技術的な事項を「管理する」立場ですが、推進者は権限を持つ人の指揮を受けて業務を「担当する」立場とされています。責任の重さが違います。
もうひとつは職場巡視の義務がないことです。衛生管理者には週1回以上という明確な義務がありますが、推進者にはありません。負担の面では、かなり軽くなります。
3つめは届出です。衛生管理者は労働基準監督署への報告が必要ですが、推進者は不要です。その代わり、氏名を作業場の見やすい場所に掲示するなどして、関係する労働者に知らせる義務があります。
50人を超えると、一気に義務が増える
事業場が50人を超えると、推進者では足りなくなります。そして増えるのは衛生管理者だけではありません。
労働局の資料によると、常時50人以上になると次の義務が一度に発生します。
- 衛生管理者の選任(業種によっては安全管理者も)
- 産業医の選任
- 衛生委員会の設置と、月1回以上の開催
- ストレスチェックの実施
- 定期健康診断結果報告書の提出
しかも衛生管理者は、選任すべき事由が発生してから14日以内に選任しなければなりません。免許試験に合格して免許証が届くまでの期間を考えると、50人を超えてから資格者を探し始めるのでは間に合いません。
会社が「まだ50人いないのに衛生管理者を取ってほしい」と言ってくるのは、この事情があるからかもしれません。
衛生管理者になった場合に実際何をするのかは、仕事内容をまとめた記事で書いています。
よくある質問
衛生管理者の免許があれば推進者になれますか
衛生管理者の免許を持っているということは、労働衛生の実務経験を積んで試験に合格しているということです。推進者の要件である実務経験を満たしている可能性が高いでしょう。
ただし、安全衛生推進者は安全に関する業務も担当します。要件は安全衛生の実務経験なので、個別の判断は必要です。労働基準監督署に確認するのが確実です。
推進者を選任しないと罰則はありますか
選任は労働安全衛生法で義務づけられています。義務違反となれば、行政指導や是正勧告の対象になります。
届出が不要なため見過ごされやすいのですが、労働基準監督署の調査で指摘されることはあります。10人を超えたら確認しておいたほうがいいでしょう。
推進者の氏名は、どう掲示すればいいですか
労働安全衛生規則では、作業場の見やすい箇所に掲示するなどの方法で、関係する労働者に周知させるとされています。
標識の大きさや色、材質までは決められていません。義務なのは氏名の周知であって、職務内容の表示までは求められていないという解釈が示されています。
本社の人が支店の推進者を兼ねられますか
推進者も原則としてその事業場に専属の者から選任します。本社の人が支店を兼ねるのは、基本的にできません。
ただしコンサルタント等の例外が定められているので、事情がある場合は労働基準監督署に相談してください。
まとめ
整理します。
事業場が10人以上50人未満なら、衛生推進者または安全衛生推進者の選任義務があります。50人未満だから何もしなくていい、ということはありません。
どちらを選ぶかは業種で決まります。安全管理者の対象になる20業種なら安全衛生推進者、それ以外なら衛生推進者です。
気をつけたいのは、この20業種と、第一種衛生管理者が必要な13業種が別のリストだということです。医療業のように50人を超えた途端に第一種が必要になる業種もあれば、旅館業のように安全衛生推進者は必要でも衛生管理者は第二種で足りる業種もあります。
推進者には試験がなく、講習の修了か実務経験で選任できます。職場巡視の義務もなく、労基署への届出も不要です。ただし氏名の周知は義務です。
そして50人を超えると、衛生管理者、産業医、衛生委員会、ストレスチェックなどの義務が一度に発生します。人数が増えそうな会社では、早めに資格者を用意しておいたほうが安全です。受験資格の確認から始めてみてください。
衛生管理者の資格を取る手順は、完全ガイドで解説しています。
参考・出典
- 労働安全衛生法(第11条、第12条、第12条の2)
- 労働安全衛生法施行令(第2条、第3条)
- 労働安全衛生規則(第7条、第12条の2、第12条の3、第12条の4)
- 安全衛生推進者等の選任に関する基準(昭和63年労働省告示第80号)
- 厚生労働省「安全衛生推進者(衛生推進者)について」
この記事は2026年8月時点の法令および公表資料をもとに書いています。法令は改正されることがあります。個別の事業場における選任の要否、業種の判定については、所轄の労働基準監督署または社会保険労務士等の専門家にご確認ください。
